lapin noir

Diary / Photographer / Sapporo

モノクロームに愛を込めて

 9月20日、ペコラネラギャラリーの2階で似顔絵を描いているpaterさんを見ながら、私は珠寧ちゃんのことを思い出していた。

 最後に会ったのは、2019年にここペコラネラで開催された珠寧ちゃんの個展「The Rose」だった。その日は確か日曜日で、2階に上がると約数十枚から構成されたモノクロの手焼き写真が不規則なバランスで壁に並べられていた。たまたま2人きりで、日常の喧騒から切り離されたこの場所特有の静けさと穏やかな時間は、いつもと同じようにすべてを包み込んでいた。ここで一緒に写真を見たことが、もう二度と訪れることのない大切な思い出に変わってしまったとは今でも信じられない。
 写真を見た後、「カラーにいかなかった?」という私の質問に、「まったく考えなかった」と笑って答え、闘病中もモノクロ写真への特別な思いは変わらない様子だった。

 その後も会える機会はあったのに、結局この時が最後になってしまうなんて。写真仲間だった珠寧ちゃんの余りにも早すぎる旅立ち。バルナックで撮影し、自宅暗室で手焼きするフォトグラファーだった。9月初め頃に訃報を知ると、何とも言えない気持ちでいっぱいになり、私は落胆した。写真仲間っていったい何だろう。


 振り返れば、最初の出会いは2017年5月。ある写真展で偶然会った写真友達と一緒にいたのが珠寧ちゃんで、注目していたフォトグラファーの話で盛り上がっていると、興味深そうに、にこにこしながら話を聞いてくれて、その日のうちにSNSで繋がった。
 2018年11月、珠寧ちゃんが参加していたスクールバスでのグループ展「道」は、今まで数多く見てきたグループ展の中で1番良かったし、2019年5月には前述したように個展を開催し、病の中で変化する体を記録に収め、確かなものと脆く儚いものへの揺れ感を表現した。
 何人かで出かけたこともあったけれど、出会ってからまだ3年しか経っていないことが不思議でならない。その間に積極的にグループ展へ参加し、個展までやり遂げ、その熱量と行動力にはいつも驚かされていた。


 個展を終えて感想を聞くと、こう言った。


『前回のペコラネラで開催した写真展「フィルム」のころは、細胞が変わっていくような、自分の何かが変わっている感があったけれど。今回はあまりそういうのはなく、静かな達成感と満足感と寂しさと。この1年の色々なおまけのご褒美を貰ったような感じです。』




 自宅のキッチンカウンターには珠寧ちゃんから貰った手紙がある。読み返すにはもう少し時間がかかるんだろうと思う。

 当時、その手紙を貰って読んだ後、フレームに入れて写真を撮り、メッセージすると喜んでくれている様子だった。会った時に話していた内容から、私の答えは珠寧ちゃんには想像できたかもしれないが、あえて返事を出さなかった事について静かに受け入れ、見守ってくれる優しさがあった。笑顔で周りを明るくさせ、展示の際には手作りの品々や花を贈る、正直で強く優しき人柄だった。愛ある人だった。

 グループ展で一緒になる機会がなく残念だったけれど、それでも写真が好きなら撮り続け、気になる人がいたら、その人の写真を見続けるしかないと思う。どちらも楽しく苦しい作業。特に人の写真を見続けるのはメンタル的にとっても大変なことだ。それでも見続けるしかないと思うのは、珠寧ちゃんが教えてくれたことかもしれない。
 今年の冬から春頃まで珠寧ちゃんがSNSへ投稿したカラー写真がある。新型コロナで社会が混乱する中、病と向き合い感じていた世界は、モノクロとはまた違う温かさだったのかなと、ぼんやり想像した。


 珠寧ちゃんのこれまでのたくさんの心遣いに感謝して、ありがとうと伝えたい。安らかでありますように。そして、写真の旅を思う存分続けてください。



2020.10.31 記