lapin noir

Diary / Photographer / Sapporo

正当に怖がる

 非常時に「正しく恐れる」ことは難しい。
 もともと寺田寅彦の随筆「小爆発二件」に記述されている「ものをこわがらな過ぎたり、こわがり過ぎたりするのはやさしいが、正当にこわがることはなかなかむつかしいことだ」というのが元になっている。
 絶対的な価値観が崩壊し、真偽の疑わしいデータを突きつけられ、毎日新しい情報を目の当たりにするなかで、どうやって正しく恐れろというのか。仮にあったとしても日々揺らいでいて、説得力に欠ける。それに恐怖心は人によって違う。「恐れる」は、客観的に捉える趣があるものの、普段は自分に対してほとんど使わない言葉で、過去の災害で耳にした「正しく恐れる」という言葉から受ける微妙なニュアンスに、私はずっと違和感があった。「必要以上に危険視してはいけない」という意味にも捉えられ、その言葉の裏側に無責任さが見え隠れするようで、素直に受け取れないでいる。時間が経過しないと把握できない情報が多いなら、随筆の通りに「正当に怖がる」感覚を持っていた方が断然しっくりくる。
 集団感染のリスクが高い「密閉」「密集」「密接」の条件を避けるというのは、分かりやすい目安で、活動の幅を徐々に広げる判断材料になるが、屋外なら安心と混雑したスペースにいては意味がない。数日前に札幌ビアガーデンの開催が決定したとテレビで見たけれど、どうして今、言えるのだろうか。
 北海道は最初の感染拡大の波は落ち着いた。けれども今、次の波がやってくるかどうかだ。3/20~3/22の連休で関東圏へ移動して北海道へ戻った人、4/1からの新年度に備えて移動する人、関東圏の危機から北海道へ避難する最も悪い行動をとってしまう人など、人の動きは抑えられない。北海道だけでなく、東京や海外の状況も視野に含めなければいけないので、余計に複雑だ。マラソンの様だと例える人もいることから、満ち引きのような波はこれから続くかもしれない。特に4月上旬から4月いっぱいで東京がどうなるか。
 そんな中、持病があり同居家族がいるのに、自分は絶対に感染しないと何の根拠もない自信を持ち、今も変わらず飲み歩く老人や、「感染する人はするし、しない人はしない」という「人に感染させない」意識が極端に低い人がいる。若者の考え方が甘いと意見を聞くが、年齢は関係ない。
 リスクを減らして、静かにストレスを解消させる手段を探したり、楽しみを持ちながら人と過ごす工夫をすればいい。こんな時だからこそ人といたい、近くで話したくなる気持ちは私も同じで、人と時間を共有するなら、雰囲気や欲、感情で動くのではなく、論理的に冷静に判断して、考え方が違えば折り合いをつけたり、会わない選択をした方がいい。ただ、それらには優しさが必要だ。自分、身近な人、他人に対しての優しさ。個人から社会に繋がっていく優しさでもある。感染拡大の波を抑えながら過ごすことで、当初より早い段階で治療薬が出てくるとの話もあって、実現すれば状況は全然変わってくると思う。この時に人と諍いが増えてしまっては、あまりにも悲しすぎるんじゃないかな。


2020.3.29 記