lapin noir

Diary | Photo | Sapporo

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 写真を送って欲しいと親戚Sさんから家族に電話があったらしい。写っているのは多分、私の曾祖母の曾祖父にあたる人物で、名前は喜右衛門さんという。写真サイズは約8.5cm×11cm。ちょうどそれが収まる桐箱に入っていて、箱には氏名と共に新選旅団、警部補、山形県士族などと書かれている。時代的にガラス乾板だと思う。

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 親戚Sさんは曾祖母の孫である。私はかつて曾祖母と一緒の家に住んでいて私が16歳の時に亡くなった。親戚Sさんは曾祖母から先祖について話を聞く機会はあったが、ある時に家系図を紛失してしまい、家系調査をすることもなく近年まで過ごしてきたようだ。後に自社の冊子で自分の「ルーツを探す旅」を始め、何かの出張の際に喜右衛門さんのことを知っている人に会ったと言う。どうやら同じ所で働いていた人の子孫らしい。親戚Sさんは、このガラス乾板を法事の際に見たのを覚えていて、冒頭の通りに写真を送って欲しいと連絡をくれた。

 親戚Sさんの「ルーツを探す旅」を今回あらためて読み直すと、元々は宇多天皇から始まっていて気が遠くなる。そこからの流れは省略するが、後々に会津に移住した先祖がうちの始祖にあたるということだ。たくさんの人物氏名が記載されていて、よく調べ整理された系譜で感心した。
 それから長い年月を経て、曾祖母は福島の米沢で生まれたらしい。最初は山形の米沢市のことかと思ったが、二本松市に米沢という地区があるのを最近知った。(※後に会津若松甲賀町出身と判明)曾祖母の父母は早くに別離し他界。商売は失敗し、祖父と一緒に幼い頃に札幌へ渡ってきて植木屋を始めた。曾祖母は家系図についてかなり昔の時代から把握しており、祖先尊崇の念が強い人だったんだろうと思う。孫である親戚Sさんも過去に僧侶をしていたことから、遠い私にも今回の話が伝わってきた。

 それにしてもこのガラス乾板に写っている喜右衛門さんは、撮影で静止している数秒の間、130年以上も先の子孫である私が写真を手にとりスキャンしてブログへ公開するなんて想像も及ばなかっただろう。写真を通して遡ってみれば100年の歴史の重さを認識せずにはいられない。現在、写真の多くはスマホにあり画像とも言える。アウトプットは写真を趣味にした人がするくらいで私の周りにはいない。アートマーケットはプリントだが、買うのは一部の写真・アート好きに限られる。勿論、それは未来を考える上でも貴重なものだけれど、一般ではプリント写真は身近にない。時代は紙からペーパーレス、人からAI、ジェンダーは多様に、集団からプライバシー・個人主義へ。さらにこれからの100年を考えると、写真に写っている喜右衛門さんとまったく同じように想像も及ばない世界が待っているんじゃないだろうか。今の私はこの左手にある剣の代わりに何を持てばいいのだろう。

 

 

2021.12.4 記